マンガ編集者の原点 Vol.11 武田直子(白泉社 メロディ編集部 編集長)
マンガ家が作品を発表するのに、経験豊富なマンガ編集者の存在は重要だ。しかし誰にでも“初めて”がある。ヒット作を輩出してきた優秀な編集者も、成功だけではない経験を経ているはず。名作を生み出す売れっ子編集者が、最初にどんな連載作品を手がけたのか──いわば「担当デビュー作」について当時を振り返りながら語ってもらい、マンガ家と編集者の関係や、編集者が作品に及ぼす影響などに迫る連載シリーズだ。
今回登場してもらうのは、白泉社の武田直子氏。1996年に入社してメロディの創刊に立ち会ったのち、花とゆめ編集部、kodomoe編集部を経て2016年にメロディにカムバック。2018年から編集長を務めている。花とゆめでは福山リョウコの初連載作「悩殺ジャンキー」のほか、山田南平「紅茶王子」、音久無「花と悪魔」、椿いづみ「俺様ティーチャー」などを担当。メロディではよしながふみ「大奥」や麻生みこと「そこをなんとか」などを手がけ、少女マンガとともに走り続けている。最近では玖保キリコのグルメエッセイマンガ「キリコのこばらのこみち」にも「T田さん」として登場。白泉社の魅力的な作品を支えてきた武田氏の編集者人生に迫った。
取材・文 / 的場容子
姉から言われた「白泉社を受けなよ」
幼い頃から、まわりに本がたくさんある環境で育ったという武田氏。
「父が『火の鳥』(手塚治虫)や『AKIRA』(大友克洋)を持っていたり、姉がすごくマンガ好きで。『白泉社を受けなよ』って言われたのも実は姉からで、姉が読んでいるマンガを読ませてもらったのが、すべての始まりかもしれないです」
4つ歳上の姉は、少女マンガだけではなく「北斗の拳」などハードめなマンガも嗜んでいたという。近所の同級生とは等身大のマンガを一緒に楽しんだ。
「同じマンションに住んでいた子に『私なかよし買うから、なおちゃんはりぼん買って』って言われて、2人で読みあいっこしていました。私はりぼんのほうが好きで、『ときめきトゥナイト』(池野恋)とか、『月の夜、星の朝』(本田恵子)、『お父さんは心配症』(岡田あーみん)を読んでいました。なかでも、『ときめきトゥナイト』は人生で最初にハマったマンガでしたね。毎月楽しみに読んでいました。
そのあと、本当にちゃんと自分でハマったと言えるのは、中学生くらいで読んだ『CIPHER』(成田美名子)とか、『動物のお医者さん』(佐々木倫子)、『BANANA FISH』(吉田秋生)。友達に勧められたり、みんなで貸し合ったりして読む中でいろんな作品を知っていきました」
旅行好きが高じて、大学では社会学部観光学科に進んだ。この頃始めたアルバイトが、将来にも影響を与えることになる。
「大学のときにちょっとだけ(週刊少年)マガジン編集部でバイトしていました。写植貼りとか、原稿を取りにいったり。塀内夏子先生の原稿のおつかいなんかに行っていましたね。ここで『マンガの編集ってこういうことをやっているんだな』というのがわかって、就職するならマンガの編集でもいいかな?ともぼんやり思っていました。だけど、絶対マンガ編集がやりたい!というわけでもなく、本や雑誌が好きだったので出版社に入りたいという感じでした」
時代は就職氷河期真っ只中、就活では観光業界と出版社を受験していたという。受かったのが白泉社だった。
「出版はほかの大手も受けたんですが、いろいろ落ちて悩んでいるときに、姉が『白泉社受けなよ』って。単純に、自分もマンガが好きだから妹がそういうところに入ってくれたら面白そうじゃん、くらいの感じで(笑)。私、当時はどこの出版社かを意識してマンガを読んでいたわけではなかったのですが、改めて見てみると、確かに私の好きなマンガは白泉社が多かった。先に挙げたもの以外だと、『ぼくの地球を守って』(日渡早紀)とか、『林檎でダイエット』(佐々木倫子)とか。佐々木さんの初期の単刊ものが大好きなんですよね」
妹の将来を変えた姉のひとこと、慧眼と言えよう。今も姉妹仲良く観劇などに出かけているという。
「マンガもそうですし、舞台や映画などの文化的なものは全部姉から教えてもらいました。改めてすごく感謝しています。ただ、私の担当作の感想を聞いたことはほとんどありません(笑)」
メロディ創刊に立ち会い、花とゆめに。初連載は福山リョウコ「悩殺ジャンキー」
1996年に入社後、配属になったのは、当時創刊準備中のメロディ編集部だった。97年の創刊に立ち会う形となった。
「その頃のメロディって、他社で描かれていた方をはじめとして、本当にいろんな方が描いていました。私は当時入ったばっかりの新人だったので、先輩編集のお手伝いでいろんな作家さんを一緒に担当していました。例えば、桑田乃梨子さんや安孫子三和さん。皆さんベテランだったので、こちらが教えてもらっていましたね。桑田さんとは『男の華園』という作品で男子新体操部に一緒に取材に行ったり、一生懸命作ったことを今でも覚えています」
改めて説明すると、メロディは1997年9月16日に創刊された。現在は隔月刊だが、当時は月刊誌。創刊号の表紙イラストは清水玲子が手がけ、「すべてのドラマ世代へ 新ガールズ・コミック創刊!」「もう少女マンガは甘くない。」とのキャッチコピーが踊る。ラインナップには樹なつみ「獣王星」、立野真琴「MOVE ON!」、喜多尚江「約束の花」、酒井美羽「アリスの花道」、岡野史佳「オリジナル・シン」、安孫子三和「カヤのいる風景」、桑田乃梨子「男の華園」、花田祐実「はなればなれに」など。ピンナップは成田美名子が担当。創刊から四半世紀以上経つが、清水玲子、樹なつみ、成田美名子といった看板作家たちは現在も同誌で活躍している。
メロディで3年間ほど編集として経験を積んだのち、武田氏は花とゆめに異動。本格的にマンガ編集者としてのキャリアを積み始める。山田南平の「紅茶王子」を引き継ぎ、花とゆめらしさを勉強しつつ、メイン担当として、最初に連載を勝ち取ったのは福山リョウコの「悩殺ジャンキー」。福山にとっても武田にとっても初連載だ。
「福山さんの作品は、独特のおしゃれな感じとか明るさがあって。読み切り作品でもちょっと不思議な切り口だったり、ギミックが面白くてタイトルのセンスも好きだなと思っていたので、一緒にお仕事をさせてもらいました。ご本人にとっての初連載がヒットして『マンガ1本で食べていける』と思っていただけて、担当編集としてすごくうれしかったです」
福山は2000年にザ花とゆめでデビューし、2003年に連載を開始した「悩殺ジャンキー」で一気に人気を博す。とあるきっかけからモデルになった女子中学生・ナカが、同じ事務所に所属している大人気モデル・ウミが実は男だと知ってしまい、ケンカしつつも一緒に秘密を守りながら、2人の距離が近づいていく……というお話。底抜けの明るさと、振り切れたギャグが魅力的な作品だ。福山の最初の代表作を一緒に作れたのは快挙である。
「当時を振り返って思い出すのは、いろんな作家さんに怒られた思い出ばっかりですね(笑)。花ゆめって隔週刊で本当に忙しかったので、作家さんの時間もないし、ネームができたらいつでもすぐにお返事、が基本。編集からOK出たらすぐ作画に入りたいわけだから、1秒でももったいない。こちらが夜飲みに行ったりしても、途中でネームが来て作家さんに電話しなきゃ!と思ってかけたら、『酔っ払って電話してこないでください!』とか怒られたりしました(笑)。そりゃそうだなと思います。『同じこと2回言ってる!』って言われたり」
時代は90年代後半。ネームのやりとりもまだメールではなく、FAXが一般的で、返事や相談も電話一択だった。そのため、会社からはなかなか離れられなかったという。
「旅行先でもホテルの人にFAXを受け取ってもらったり、コンビニに行って『すみませんがFAXを受け取らせてください!』ってお願いしたり。今はどこにいてもメールでネームを受け取って、スマホでも見られるわけですから、時代は変わりましたよね」
花とゆめ編集部には11年ほど在籍。その間、ほかには「花と悪魔」(音久無)、「俺様ティーチャー」(椿いづみ)などを担当。いずれもヒット作となった。
「椿さんは天才肌です!『俺様ティーチャー』の最初の設定や、毎回の流れは打ち合わせで決めていましたが、細かいネタは椿さんが考えていて。例えば主人公たちがモールス信号でやり取りしたり、伝書鳩を飛ばしたり……椿さんならではの発想で、やり取りのテンポもめちゃくちゃ面白く描いてくださる。こういうのは打ち合わせで出てくるものではありません」
「サラリーマンの生涯年収を稼げると思いますか?」
花とゆめでは多くの新人を担当した武田氏は、ネームでは「勢い」に注目するという。
「ネーム1話分を見たあとに、『この人、ネーム選考会で通したい!』とか『担当したい!』って思うのは、作品の勢いと、キャラクターの魅力……でも、どちらかというとやっぱり勢いかも。どんなに雑でも絵が下手でも、こちらが“打たれる”ような勢いがあるのはいいなと思います」
一方で、新人を担当する機会が多いだけに、歯がゆく、やるせない経験も多かったという。
「作家さんって本当に命をかけて描いてくれているので、カラーページが取れるか取れないかで天国と地獄のように一喜一憂したり、自分の作品の掲載が雑誌の後ろのほうだと落ち込んだり。ネーム選考会でネームが通らなかったことを電話で報告するとパニックになってしまって、『今、死んでもいい』とか、『武田さんは全然私のことをわかってない。どれだけの思いでこれを描いてるのか。何で通してくれないんだ!』みたいなことを言われたことも。あとは、『結局武田さんは会社員だから』みたいに言われることもあるし……そうなんですよね。作品を生み出す作家さんは作品にかけている熱量が全然違うので。
担当しているからには自分ももちろん通したいわけです。別に、作家さんを泣かせようと思ってやっているわけではなくて、通したい思いや、雑誌の一枠を取りたい気持ちは一緒。でも1人ではなくて複数の作家さんに同様のことを言われたので、全身全霊を1つのネームにかけている作家さんの気持ちを本当にわかってあげることはできないのかな……、とは思います」
作品に命をかける作家と、作品を売りたい編集者。両者の利害と思いがいつも一致していればいいのだが、そううまくはいかない。特に紙の雑誌となると、載せられる作品の数は限られる。私たち読者が目にしている作品は、実は数少ない「成功例」であり、そこからこぼれ落ちた作品たちは、星の数ほどあるのだ。同じだけ、作家たちの挫折がある。
「『サラリーマンの生涯年収って◯◯円ですよね? 武田さん、私が今からデビューしてそれだけ稼げると思いますか?』なんて言われたこともあります。その子は進路で悩んでいて、ネームは出しても出しても通らないし、このまま続けていいのか、就職したほうがいいのか迷っていたんですね。結局、『就職しながら描けば』と言っちゃったんですけど、本人としてはそんな言葉は欲しくなかったのかもしれないな。『描こうよ』って言ってほしかったかもしれない。でも、軽々しく就職やめなよとも言えない。そういう経験をしていると、『この人の人生を背負っちゃってるな』と思います」
花とゆめに投稿してくる作家志望たちは、とりわけ若い。
「社会人経験がなくて、投稿作が受賞してマンガだけずっと描いていて、それが1年も2年も3年もずっと会議で通らなかったら、思いをぶつけられるのって担当編集しかいない。そういうパターンで泣かれてしまったこともたくさんあります。なので、荒れるのがわかっている電話は、編集部ではなくて会議室からかけていました」
子育て情報誌kodomoeから再びメロディに
新人を担当することは、やりがいもあるが、過酷さもひとしおだと感じるエピソードだ。武田氏はその後出産と産休・育休を経て、花とゆめ編集部に復帰するも、すぐに子育て情報誌kodomoeに配属される。
「子供を産んで一度花ゆめに復帰したんですが、その翌年にkodomoeが正式創刊するタイミングでそちらに異動になりました。そこから数年間はもうマンガからは完全に離れていました。会社的には、『ママ向けの雑誌だし、武田さんは子供産んでるからいいんじゃない?』くらいな感じの異動だったんでしょうけど(笑)、本当に忙しくて。時間もないし、集中もできなくて、文字を読むということができなくなっていました。当時って、そこまで電子でマンガや本を手軽に読むという時代でもなかったので、家で読書もせず、マンガにはまったく触れなくなる期間でしたね。
でも、kodomoeは楽しかったです。ライターさん、カメラマンさん、スタイリストさんを集めて、プロの皆さんにも動いてもらうので、マンガとは全然動き方が違う。ある意味新人のつもりでやっていて楽しかったし、雑誌はマンガと違って毎号やることが違うので新鮮でした」
しかし、3年でメロディ編集部に舞い戻ることになる。
「雑誌の動き方にも慣れてきて、ライターさんやカメラマンさんの知り合いも増えて自分のフィールドみたいになってきたときに、また『マンガに戻ってくれ』ということで(笑)。
kodomoeはどちらかというと気が楽だったんですよ。雑誌はそれぞれの分野のプロの人たちと組んでの仕事なので、編集としての私はその分野はお任せします!とできるのですが、マンガの場合はさっきの話のように、作家さんが自分を削って命を賭けて描いてくるネームに返事をするので何年経っても神経も使うし緊張もするんです。ただ、マンガのほうがずっとやっていたことなので、異動でのあたふたはなかったです」
「秘密」「大奥」 社会的インパクトの強い作品における編集の役割
2016年にメロディに戻った武田氏は、よしながふみの「大奥」、麻生みこと「そこをなんとか」、ひかわきょうこ作品などを引き継ぎ、2018年から編集長を務めている。同誌のキャッチコピーは「進化する少女漫画誌」だが、これは創刊当時から変わっていないという。
「創刊当時のメロディの立ち位置は、“LaLaや花とゆめより一歩大人向けの少女マンガ”だったので、そうした意味合いで“進化”と付けていました。メロディでは、高校生が主人公の学園ラブ……とかではなくて、大人が主人公で、白泉社のマンガが若いときに大好きだった読者が大人になって読んでも満足できるものを、と思っています」
ここで、どうしても聞いてみたかったことをぶつけてみた。メロディから生まれた大ヒット作「大奥」や「秘密」(清水玲子)は、言わばSF少女マンガであり、現実の社会や歴史に対する強烈なアンチテーゼやメッセージ性を感じることもある、骨太な作品だ。例えば、「秘密」のメインとなる舞台は、2060年以後の世界。MRIスキャナーが高度に発達し、犯罪捜査の目的で「死者の脳」を映像として見ることが可能となった“近未来”で、物語が展開する。最近のエピソードでは、「殺人犯の指向が親から子へ遺伝するとしたら、子の殺人の責任は誰にあるのか?」というテーマが据えられていたり、正面から取り扱うのに勇気がいるような、タブーに近い主題をはらんだエピソードもある。社会的インパクトの強い作品を世に出すにあたって、編集長として気をつけていることは?と聞くと、「誰かを傷つけないかどうか」という答えが返ってきた。
「『秘密』に関しては、私はいつも校了誌で一読者として初めてワクワクしながら読むので、担当編集には純粋な好奇心で『これ、次どうなるの?』って聞いています(笑)。清水さんはどこにどう結末を持っていくのかな?と。
清水さんをはじめ、作家さんを信頼しているので、絶対的にちゃんとした落としどころにしていただけると思っています。でも表現や言葉選びによって、ときに傷つくのも作家さんなので、編集としては言葉にはすごく気は遣っています。『本当にこれを出して大丈夫かな?』とか、『特定の人を悪く言っていないかな?』とか。気になったら、表現に関して相談できる編集総務部という社内の部署に相談したりもします」
作家の、リミッターのないラディカルな想像力を阻害せず、特定の誰かを傷つけず、世間とも軋轢を生まないバランス──担当編集および編集長には、絶妙な平衡感覚が必要であろう。
「よしながさんの『大奥』は、連載中はそこまで気にしていなかったことが、結果的にさまざまな受け取り方をされるようになった作品だという印象があります。よくジェンダーに関しても聞かれるのですが、それをテーマとして描きたいと思って描いたわけではないと思う。読んだ人がいろいろな思いを受け取って、結果として社会的な意味合いが生まれた作品になったのかなと思います」
2004年に連載開始した「大奥」を、武田氏は10巻が出たあたりで前任から引き継いだ。実際の江戸時代の歴史を踏襲しながら、疫病によって男子の人口が極端に減り、権力の中枢を女性が担う江戸城の大奥が舞台、というダイナミックでアクロバティックな設定が醍醐味である同作。編集作業には歴史の勉強が必須であった。
「自分で作った年表を参照しながら打ち合わせをしたり、歴史的な出来事を表にして持っていったり。“2時間でわかる歴史書”みたいな本も持っていましたが、それだけだと足らないので、打ち合わせ前に歴史上の人物の人となりを、疑問に思ったことがあれば調べていったりしていました。
さらに、ネームの前後でよしながさんが疑問に思ったことがあれば、監修に入っていただいた大石学先生(時代考証学会会長)にお聞きしたり、よしながさんと大石さんが顔を合わせて直接話していただく機会を設けたりもしていました。そこまでやったので、よしながさんとはよく、『今だったら江戸時代の歴史が完璧に頭に入ってるから、受験も楽なのにね』と話していました(笑)。江戸時代だけですけどね」
また、新米弁護士をヒロインに据えた麻生みことの「そこをなんとか」でも、実際の弁護士に話を聞いたり、間違いがないかネームをチェックしてもらったりなど、細心の注意を払っていたという。メロディが取り扱うのは恋愛だけではなく、社会問題や歴史、法律などさまざまなテーマを扱った作品で、社会の構成員である私たちが抱えるさまざまな困難や多様な立場を「なかったこと」にしない “少女マンガ”。私が考えるメロディらしさは、こうしたところにある。
「少女マンガってボーダーレスでジャンルレスですよね。白泉社のマンガだからこそできることってたくさんあると思います。メロディに関しても、これからもどんなジャンルのマンガが載ってもいいと思いますし、そもそも女の子がまったく出てこないマンガも、女の子が主人公じゃない作品もたくさんあります」
「ひかわさんのマンガのおかげで今も生きていられます」
現在、編集長業の傍ら、直接担当しているメロディ作品は「吸血鬼と愉快な仲間たち」(羅川真里茂)、「曙橋三叉路白鳳喫茶室にて」(高尾滋)、「髪を切りに来ました。」(高橋しん)、「秘すれば、花」(南マキ)。いずれもベテラン作家の作品だ。武田氏が担当する作家以外にも、「ぼくは地球と歌う」の日渡早紀や、「八雲立つ 灼」の樹なつみなど、花とゆめやLalaで大人気作を描いていた作家たちが、メロディに活躍の場を移して連載している例も多い。
「ベテラン作家さんたちは、さすが長く描いてこられているだけあって皆さんものすごくパワフルです! ビッグタイトルの続編を描いていただいている作家さんも多いですが、初期の頃から変わらずどころかパワーアップして面白い作品を描いてくださって……人気作だからこその読者からの期待や要望がありプレッシャーも大きいと思います。本当に頭が下がります」
中学生のときに大好きだった作品の続編を、大人になってまた楽しめる。作家やキャラクターと一緒に、年月を重ねる。これは、マンガを大切にしている人の人生における、1つの幸福の形であると言えよう。長年愛される作品を多く輩出しているマンガ誌だけに、読者から届く声にも、切実なものがあるという。
「例えば『学生のとき、高尾滋さんの作品に救われました』とか。ひかわきょうこさんもファンレターが多く届く方なんですけど、『ひかわさんのマンガのおかげで今も生きてられます』みたいな方って多いんですよね。
編集としても、自分が担当している単行本や雑誌を書店で買ってくれている人を見たときはすっごくうれしいですね。超まれで、なかなか遭遇できないですけど。それから、わざわざ読者の方が電話をくれて、担当している単行本が出るのを『すごく待ってるんで』って言われたときはうれしかったです(笑)」
入社から30年弱、編集一筋の武田氏にとって、物語やヒロイン像についてはどのような変化が見えているのだろうか。
「昔は主人公に特殊な力があったり、かわいくてキラキラしている子が多かった気がしますが、今はどちらかというと等身大になってきた気がします。マンガのジャンルがすごく多岐にわたっているので、主人公もザ・ヒーロー、ザ・ヒロインみたいな感じの子だけではなく、幅広くなってきているのかも。あと、主人公を取り巻く環境について、昔は両親に捨てられたりして陰がある主人公も多かったけど、今は天真爛漫に自分肯定!みたいな感じの子も多い。
それって多分、今の若い子がそうなんだと思うんですよね。親子関係もよくて、まっすぐ育ってきていて、陰がない。反抗期もない子も多いと聞きますし。推し活していたりとか、自分の好きなことをやっているまっすぐな主人公が多くて、そういうキャラクターのほうが共感を得られるように感じています」
メロディの目指す愛され方
1997年の創刊から、四半世紀以上。空き時間に何をしよう?と考えたときに、マンガ以外にもたくさんの選択肢ができた。そんな時代だからこそ、メロディの作品は「じっくり自分の世界に入って楽しんでほしい」。
「メロディのマンガって、通勤・通学の合間にちょこっと暇つぶしで読んだり、読み捨てするようなタイプの作品ではないので、今よく言われるようなタイパとかコスパみたいな考えには合わないのかもしれない。だからこそ、せめてメロディのマンガを読むときくらいは自分の中にこもって、じっくり、どっぷり浸って芯から楽しんでほしいと思います」
そんな武田氏に、「編集者としての醍醐味を味わった経験」を聞くと、やはり忘れられないのは若手時代の作品。そして、評判を呼んだあのドラマ化だった。
「原点は、やっぱり福山さんの作品が初めて連載になったときです。それから、昨年の『大奥』ドラマ化。原作を大切にしていただきながら、ドラマとしてもすごくよくできていて。役者さんたちも素晴らしくて、ドラマを観た原作ファンの方たちも『すごくよかった』と言ってくださって、本当に大成功だったと思っています。第1話が放映されて反響がよかったときにすごくホッとしました。ドラマを観た人が原作に興味を持ってくれて、『よしながふみの大奥』をさらに多くの人に読んでもらえたので、メディア化してよかったと思えました」
マンガ家も編集者も、作品ファンも、原作を知らない人も、みんなが幸せになる実写化。そんなメディアミックスしかない世の中にするために、一石を投じた作品だったかもしれない。ことほどさように編集の仕事は多岐にわたるが、経験豊富な武田氏が思う”編集者の心得”で肝要なのは、「インプット」と「人の話をちゃんと聞くこと」。
「いろんなものに興味を持って、フットワーク軽く、どういう形であれいろんなものをインプットするのはすごく大切だと思います。あと、作家さんの話はもちろん、人の話をちゃんと聞ける人がいいのかな。その2つがあればだいたい大丈夫なんじゃないかな(笑)。
私はゼロからイチを作れるタイプではないので、作家さんの『これ面白そう』という話を聞いて、相談に乗りながら、打ち合わせをしていくんですが、そこで自分から出てくるものは自分が読んできたものや見てきたもの。なので、その2つがあれば、編集は誰でもできるんじゃないかなと思っています」
最後に、メロディにかける思いを吐露してくれた。
「とにかくメロディがずっと紙の雑誌で続いてほしい。ずっと『面白い!』って読み続けてもらえるような作品を作っていくための種まきをしないとと思っていますね。2018年から編集長を続けてきて、もう次の世代に渡すべきだなと思っているので(笑)、種まきしつつ次にバトンタッチして、その人たちがずっとちゃんとメロディを続けていってくれるといいなと思います。
別に高尚なものを目指しているわけじゃないんですけど、例えば『秘密』を読むと、本当にいろんなことを考えさせられる。もちろん、面白いマンガの条件ってそれだけではなくて、ほかにも、読んで『ほっこりする』とか『ときめく』とか、いろんな感情を想起させる作品がいっぱいあっていいと思うんです。だけど、読んだときにみんながいろんなこと考えてくれるような作品も大事。そうした新しい作品を、またメロディで出していけるといいなと考えています」
武田直子(タケダナオコ)
1973年生まれ。1996年に白泉社に入社し、花とゆめ編集部、kodomoe編集部を経て、現在はメロディ編集部編集長。担当作品に福山リョウコ「悩殺ジャンキー」、音久無「花と悪魔」、椿いづみ「俺様ティーチャー」、よしながふみ「大奥」、麻生みこと「そこをなんとか」など多数。